欧州で人を雇う前に知っておくべきことは何か? 雇用の形、給与水準、法定負担、解雇の規制

公開 2026年8月1日読了 約7分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)

要点

欧州で人を雇うと、給与の上に2割から4割の事業主負担が乗り、病欠や休暇の法定負担が日本より手厚く、解雇は許可や手当が必要で簡単にはできません。採用の失敗は、日本よりはるかに高くつきます。だから、最初の1人は雇わない。現地での実行は、月単位で関与を調整できる業務委託かパートナーで始め、継続的な受注が見えてからEOR(雇用代行)で1人を雇い、3人を超えるあたりで自社法人での直接雇用に移る。この順番が、固定費をもっとも小さく保ちます。雇うときは、オランダなら試用期間は最長2か月、ドイツなら6か月で、従業員10人以下の会社には解雇保護法が適用されない、英国では不当解雇の保護が勤続2年からという違いを知ったうえで、雇用契約の条件を決めてください。

「現地の責任者を1人雇って、あとは任せたい」。欧州進出の計画で、よく出てくる一文です。

その1人を雇うと、何が起きるか。給与の上に2割から4割の事業主負担が乗り、病欠になれば給与を払い続け、合わなくても簡単には辞めてもらえない。採用の失敗は、日本よりはるかに高くつきます。だから、最初の1人を雇う前に、雇う以外の形と、雇うときの規制を知っておく必要があります。

この記事では、欧州で人を置く4つの形、国別の給与水準と法定負担、試用期間と解雇の規制、そして固定費を下げて参入するための順番をまとめます。

人を置く形は、どれを選ぶべきか?

欧州で御社の仕事をしてもらう形は、大きく四つあります。

形 固定費 立ち上げ 法的な負担 向いている段階
業務委託・パートナー 月単位で調整可 すぐ 小さい。ただし偽装自営に注意 需要の検証、最初の顧客作り
EOR(雇用代行) 給与+事業主負担+手数料 1か月 法的な雇用主はEOR。実質的な負担は御社 継続的な受注が見えた段階で1〜2人
自社法人での直接雇用 給与+事業主負担+法人維持費 法人設立後。2〜4か月 すべて御社 3人以上、または拠点を固める段階
日本からの駐在 日本の給与+海外手当+住居・教育・税調整 ビザ取得に2〜4か月 御社。ビザと現地の税務が加わる 本社との調整が仕事の中心になる段階

順番は、上から下です。

最初の6〜12か月は、業務委託か現地パートナーで進めます。月単位で関与を調整でき、合わなければ契約を終えられます。この段階で雇うと、売れるかどうかが分かる前に固定費が始まります。

継続的な受注が見えたら、EORで1人を雇います。EOR(Employer of Record)は、現地の雇用代行会社が法律上の雇用主となり、御社がその人の業務を指示する仕組みです。御社に法人がなくても正社員を迎えられ、給与計算、社会保険、雇用契約、法定の休暇や病欠の管理をEORが行います。手数料は1人あたり月数万円から十数万円が目安です。

3人を超えるあたりで、EORの手数料の合計が法人の維持費を上回り始めます。この段階で自社法人を作り、直接雇用に移します。法人設立の判断は、現地法人を作る前にできることは何か?に書きました。

給与と事業主負担は、いくらかかるのか?

企業向けの営業やカスタマーサクセスを担う、経験5〜10年の人の年収は、オランダとドイツで6万〜9万ユーロ、英国で5万5千〜8万5千ポンド、フランスで5万5千〜8万ユーロが目安です。営業職にはこれに成果報酬が乗り、基本給の2〜3割が一般的です。

この給与の上に、事業主負担が乗ります。

国 事業主の社会保険負担(給与に対する目安) 法定の有給休暇 試用期間の上限
オランダ 2割強(+給与の8%の休暇手当) 年20日(25日が一般的) 無期契約で2か月
ドイツ 2割強 年20日(28〜30日が一般的) 6か月
フランス 4割前後 年25日(+週35時間超の代休) 職種により2〜4か月(更新で最長8か月)
英国 15%(一定額以上の給与に対して) 年28日(祝日を含む) 法定の上限なし。3〜6か月が一般的

給与7万ユーロの人をオランダで雇うと、休暇手当と事業主負担を含めて会社の負担は9万ユーロ前後、円にして1,600万円超です。人材紹介会社を使えば初年度にさらに年収の20〜25%の手数料が乗り、パソコン、通信、交通、保険を含めると、1人目の初年度は1,800万〜2,800万円を見ておく必要があります。

ここに、費用の記事で書いた病欠と休暇の法定負担が加わります。オランダでは病欠の間、最長2年にわたって給与の少なくとも70%を払い続ける義務があり、ドイツでは最初の6週間は100%です。1人しかいない現地スタッフが長期の病欠に入ると、売上を作る人がいないまま費用だけが続きます。

解雇は、どのくらい難しいのか?

欧州では、「合わなければ辞めてもらう」は前提にできません。国ごとの違いが大きいところなので、主な国を比べます。

オランダ。 雇用主の都合で解雇するには、公的機関(UWV)か裁判所の許可が必要です。許可の理由は法律で限定されており、「成績が上がらない」だけでは、改善の機会を与えた記録がなければ認められません。解雇時には、勤続1年につき月給の3分の1の移行手当が法定されています。実務では、双方合意で退職する「合意解約」が多く使われ、その場合も移行手当相当か、それ以上の支払いが普通です。

ドイツ。 勤続6か月を過ぎると解雇保護法が適用され、解雇には人的、行動上、または経営上の正当な理由が必要です。ただし、従業員10人以下の事業所には解雇保護法が適用されません。日本企業の小さな現地法人の多くはこの例外に当たるので、ドイツでは思っているより解雇の自由度があります。それでも、通知期間(勤続に応じて4週間から7か月)と、差別的な解雇の禁止は適用されます。

英国。 不当解雇の保護は、勤続2年からです。それまでは、差別や内部告発などを理由にしない限り、通知期間を守れば解雇できます。この点は欧州大陸の国と大きく違い、英国で人を雇いやすい理由の一つです。ただし、この2年の要件を短くする法改正が進んでおり、今後は見直される見込みです。

フランス。 解雇の手続きが複雑で、理由の正当性が厳しく問われます。試用期間を過ぎてからの解雇は、専門家の関与なしには進められないと考えてください。

共通して言えるのは、試用期間を使い切る ことです。試用期間内であれば、どの国でも比較的簡単に契約を終えられます。オランダの2か月は短いので、最初の2か月で判断できる業務の設計と、週次の面談が必要です。

もう一つは、有期契約の制限 です。「まず1年契約で」と考える日本企業は多いのですが、オランダでは有期契約は3年以内に3回までで、それを超えると自動的に無期契約になります。ドイツでは理由のない有期契約は最長2年です。有期契約は無期契約の代わりにはなりません。

雇用契約で、何を決めておくべきか?

雇用契約は、現地の法律にもとづいた書面が必要です。日本の雇用契約書の翻訳では通用しません。決めておくべき主な項目は次のとおりです。

職務の内容と勤務地、労働時間(オランダでは週36〜40時間、週4日勤務の希望も普通です)、給与と成果報酬の計算方法、休暇日数、試用期間、通知期間、競業避止(オランダでは無期契約でのみ有効で、書面と正当な理由が必要)、知的財産の帰属、守秘義務、そして経費と会社支給品の扱いです。

競業避止と顧客との接触禁止は、1人目の営業担当には入れておきたい条項ですが、国によって有効性の条件が違います。現地の法律事務所か、EORの法務担当に確認してください。

固定費を下げて参入するには、どうするのか?

まとめます。欧州で人を雇うことは、日本で人を雇うより、始めるのも終えるのも重い。だから、順番が大切です。

最初の1人は、雇わない。業務委託かパートナーで、月単位で関与を調整しながら需要を確かめる。継続的な受注が見えたら、EORで1人。その人は「現地責任者」ではなく「商談を作れる人」で、御社の製品の買い手と同じ言語と商習慣を持つ人です。拠点を固める段階で法人を作り、直接雇用に移す。日本人の駐在は、本社との調整が仕事の中心になってからです。

この順番を守ると、初年度の人件費は、ほぼ全額が「やめられる費用」になります。欧州の労働法は、雇われる側を守るためにできています。その保護の重さを知ったうえで、雇うべきときに、雇うべき人を雇う。それが、欧州で人を置くときの、いちばん安い方法です。

FAQ

この記事に関するよくある質問

  • 本当に独立した事業者であれば問題ありません。注意が必要なのは、実態が雇用と変わらない場合です。御社の指示で決まった時間に働き、御社以外の顧客を持たず、御社の名刺を使っているような場合は、オランダでもドイツでも「偽装自営」と判断され、社会保険料の追徴や雇用関係の認定を受けるおそれがあります。オランダでは2025年から、この点の取り締まりが再開されています。業務委託で始めるなら、相手が他の顧客も持つ独立した事業者であることを確かめ、成果に対して報酬を払う形にしてください。

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