欧州進出の費用はいくらかかるか? 最初の12ヶ月の予算と、見落としがちな固定費
公開 2026年3月1日読了 約6分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)
欧州進出の初年度の費用は、どこまで現地に置くかで桁が変わります。日本から出張と展示会で検証するだけなら500万〜1,200万円、代理店やパートナー経由で販売を始めるなら1,200万〜2,500万円、自社法人を作って現地で1人雇うなら3,000万〜5,000万円が目安です。見落とされやすいのは、円安(1ユーロは2021年の130円前後から2026年は180円超)、現地で人を雇ったときの社会保険の事業主負担と病欠・休暇の法定負担、そして解雇の難しさです。最初の1年は法人を作らず、固定費を変動費に寄せた形で需要を確かめ、顧客ができてから固定費を増やす順番が、失敗の少ない進め方です。
「欧州進出にいくらかかりますか」。初回相談で、国の次によく出る質問です。
正直な答えは「どこまで現地に置くかで、桁が変わる」です。日本から出張と展示会で確かめるだけなら数百万円、自社法人を作って人を雇えば数千万円。しかも、見積もりを立てるときに抜けやすい費用が、欧州には日本以上にあります。
この記事では、最初の12ヶ月の費用を3つのパターンで試算し、見落とされがちな固定費と、固定費を抑えて始める順番をまとめます。金額は2026年3月時点、1ユーロ=180円で換算した目安です。
欧州進出の費用は、なぜ想定より膨らむのか?
理由は三つあります。
一つ目は為替です。1ユーロは2021年には130円前後でしたが、2026年に入ってからは180円を超える水準で推移しています。同じ10万ユーロの費用が、5年前なら1,300万円、いまは1,800万円。欧州で見積もりを取ると、ユーロ建ての金額は変わっていないのに、円建ての予算が3〜4割足りなくなります。
二つ目は、現地で人を雇ったときの法定負担です。給与の上に社会保険の事業主負担が乗り、病欠や休暇の扱いが日本より手厚い。これは後で詳しく書きます。
三つ目は、固定費を先に作ってしまうことです。法人、オフィス、駐在員。顧客ができる前にこれらを置くと、毎月の費用が売上と関係なく出ていき、1年後に「撤退するにも費用がかかる」状態になります。
最初の12ヶ月は、どのパターンでいくらかかるか?
現地にどこまで置くかで、三つに分けます。
パターンA:日本から検証する。 現地に人も法人も置かず、出張と展示会、現地パートナーの時間を使って、需要と相手を確かめる段階です。
パターンB:代理店・パートナー経由で売り始める。 現地の代理店やディストリビューター、あるいは現地で商談を進めるパートナーを使って、最初の顧客を作る段階です。
パターンC:自社法人を置き、現地で1人雇う。 継続的な取引が見え、現地に自社の人を置く段階です。
| 費目 | A:日本から検証 | B:代理店・パートナー経由 | C:自社法人+現地採用1名 |
|---|---|---|---|
| 出張(1回1人60万〜100万円) | 3回×1〜2名:200万〜400万円 | 4回×1〜2名:250万〜500万円 | 4回×1〜2名:250万〜500万円 |
| 展示会 | 来場1回:80万〜120万円 | 出展1回:300万〜800万円 | 出展1回:300万〜800万円 |
| 英語資料・翻訳・契約書の現地法レビュー | 30万〜80万円 | 100万〜250万円 | 150万〜300万円 |
| 現地パートナー(調査・アポ取得・商談同席) | 200万〜600万円 | 300万〜900万円 | 0〜600万円(採用までのつなぎ) |
| 代理店マージン | — | 売上の20〜40%(売上連動) | — |
| 法人設立・会計・税務・登記住所 | — | — | 150万〜400万円 |
| 現地採用1名(給与+事業主負担+採用手数料) | — | — | 1,800万〜2,800万円 |
| オフィス・保険・銀行・その他 | — | — | 150万〜300万円 |
| 12ヶ月の合計(目安) | 500万〜1,200万円 | 1,200万〜2,500万円 | 3,000万〜5,000万円 |
パターンAとBの差は、主に展示会の出展と、現地パートナーの関与の深さです。BとCの差は、ほぼ1人分の人件費と法人の維持費で、この差が年間2,000万円以上あります。
多くの日本企業は、この表のCから始めようとします。しかし、顧客がいない状態でCを選ぶと、1年後の売上がゼロでも3,000万円以上が出ていきます。AかBで最初の顧客を作り、その顧客の売上を根拠にCへ進む方が、合計の費用も、社内で説明する難しさも、ずっと小さくなります。
見落とされがちな費用は何か?
見積もりに入っていないことが多い項目を挙げます。
為替。 上に書いたとおりです。ユーロ建ての契約(代理店、オフィス、人件費)は、円で予算を組む時点で3〜4割の余裕を見ておく必要があります。送金のたびに手数料と為替差も発生します。
社会保険の事業主負担。 現地で雇った人の給与の上に、オランダやドイツで2割強、フランスでは4割前後の事業主負担が乗ります。英国も2025年から事業主の国民保険料率が15%に上がりました。給与7万ユーロの人を雇うと、会社の負担は8万5千〜9万ユーロになります。
病欠と休暇の法定負担。 ここが日本との差が最も大きいところです。オランダでは、従業員が病気で働けない間、雇用主は最長2年間、給与の少なくとも70%を払い続ける義務があります。ドイツでは最初の6週間は雇用主が給与の100%を払い、その後は健康保険に移ります。有給休暇も、オランダで法定20日に加えて給与の8%の休暇手当、ドイツで20〜30日が標準です。1人しかいない現地スタッフが長期の病欠に入ると、売上を作る人がいないまま費用だけが続く、ということが実際に起こります。
解雇の難しさ。 オランダでは雇用主の都合による解雇に当局か裁判所の許可が必要で、解雇時には移行手当の支払いが法定されています。ドイツも6ヶ月を過ぎると解雇保護が効きます。「合わなければ辞めてもらう」は、欧州では前提にできません。採用の失敗は、日本よりはるかに高くつきます。
契約書と法務。 代理店契約、販売契約、雇用契約を現地の法律で確認する費用です。EU には代理店契約の終了時に代理店へ補償金が発生しうる制度があり、知らずに契約すると、関係を終えるときに想定外の支払いが生じます。
規制対応。 CE マーク、VAT の登録、GDPR への対応など、製品と売り方によって初年度にまとまった費用がかかります。これは別の記事で扱います。
時差が生む出張。 日本と欧州の営業時間が重なるのは1日2時間ほどです。オンラインで済ませるつもりだった打ち合わせが対面に置き換わり、出張の回数が計画より増えることがよくあります。
固定費を抑えて始めるには、どの順番がよいか?
費用の総額より、「やめられる費用」と「やめられない費用」の割合の方が大切です。初年度は、できる限り前者で進めます。
法人は、顧客ができてから。 日本の本社との直接契約や代理店経由で最初の顧客を作れば、法人は後で十分です。法人を先に作っても、顧客は増えません。
最初の1人は、雇わない。 現地での実行は、月単位で関与を調整できるパートナーか、業務委託で始めます。継続的な取引が見えてから、EOR(雇用代行)か自社法人での採用に移ります。EOR なら法人なしで現地の人を雇え、月数万円から十数万円の手数料で、雇用に伴う法定負担の事務も任せられます。
展示会は、来場から。 出展は、事前にアポイントを組める見込み客リストができてからです。来場してアポイントを組む形なら、費用は出展の5分の1以下です。
ユーロ建ての固定契約を避ける。 オフィスの年間契約、長期の代理店契約、複数年の人材契約は、初年度には結びません。
予算に3割の余裕を持つ。 為替と「見落とされがちな費用」の分です。初年度の予算が1,000万円なら、1,300万円を確保しておく。これで、途中で止まる確率が大きく下がります。
欧州進出の費用は、正しく見積もれば怖いものではありません。怖いのは、固定費を先に作ってしまい、売上が立つ前に予算が尽きることです。小さく始めて、顧客ができたところで固定費を増やす。この順番さえ守れば、初年度の失敗は、ほとんどが「学び」の範囲に収まります。
この記事に関するよくある質問
為替だけで判断すると、タイミングを永遠に逃します。円安は費用を押し上げる一方で、御社の製品は欧州の買い手から見れば割安になっています。大切なのは、固定費をユーロ建てで抱え込まないことです。法人や雇用のような固定費は顧客ができてからにし、初年度は出張・展示会・パートナー費用のような、やめられる費用で進めれば、為替の影響は限定できます。
下がります。ジェトロの海外展示会の出展支援や、自治体の海外展開支援・出展費の補助は、使えるものが毎年あります。ただし補助金は後払いで、申請の締め切りが展示会の数か月前に設定されていることが多いので、計画の早い段階で調べておく必要があります。補助金の詳細は別の記事でまとめます。
業種によりますが、企業向けの製品・サービスでは、初年度は「最初の顧客を1〜2社作る」が現実的な目標です。欧州の企業は新しい取引先の決定に時間をかけるので、売上で初年度の費用を回収する計画は、ほぼ成り立ちません。初年度の費用は、2年目以降に売上を作るための投資として見てください。
オランダの BV(有限会社)なら、公証人費用と登記で30万〜60万円程度、資本金は1ユーロ以上で設立できます。ドイツの GmbH は資本金2万5千ユーロ(設立時に半額払込)が必要です。英国の Ltd は数万円で設立できます。ただし本当の費用は設立後にかかります。会計・税務申告・登記住所・銀行口座などで、年間100万〜250万円は見ておく必要があります。