現地法人を作る前にできることは何か? 日本にいながら欧州の需要を確かめる方法
公開 2026年4月1日読了 約7分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)
欧州に法人を作るのは、売れると分かってからで十分です。最初の6〜12か月は、日本本社からの直接取引、現地パートナーへの業務委託、代理店・ディストリビューター、EOR(雇用代行)のいずれか、またはその組み合わせで、法人なしに商談と受注まで進められます。判断に使うべきは一次情報、つまり商談で相手が言った言葉、展示会での反応、見積もりへの返事です。市場規模のレポートや翻訳された業界記事は、御社の製品が御社の価格で買われるかどうかを教えてくれません。継続的な受注が2〜3社見えたとき、顧客が現地法人との契約を求めたとき、在庫や人を現地に置く必要が出たとき。法人を作るのは、そのときです。
「欧州に進出するなら、まず現地法人ですよね」。初回相談で、この前提から話が始まることがよくあります。
私の答えは「法人は、売れると分かってからで十分です」です。法人を作ると、会計、税務申告、登記住所、銀行口座、そして多くの場合は人の採用と、毎月の固定費が自動的に発生します。売れるかどうかが分かる前にこれらを抱えると、1年後に「撤退するにも費用と時間がかかる」状態になります。
この記事では、法人がなくても欧州で何ができるのか、売れるかどうかをどうやって確かめるのか、そして法人設立に踏み切る判断基準をまとめます。
なぜ、最初に法人を作ってはいけないのか?
理由は三つあります。
一つ目は、法人が顧客を連れてこないことです。欧州の買い手が気にするのは、御社の製品が自分の問題を解決するか、納期と価格が合うか、サポートが受けられるかであって、売り手の登記簿ではありません。「現地法人がないから買わない」と言われる場面は、公共調達や一部の大企業の調達規程を除けば、思っているより少ないものです。
二つ目は、固定費です。法人の維持には、小さなものでも年間100万〜250万円の会計・税務・登記関連費用がかかり、オフィスと人を置けば年間2,000万円を超えます。この費用は、売上がゼロでも出ていきます。
三つ目は、撤退の難しさです。法人の清算には、国によって半年から1年以上かかります。雇った人がいれば解雇の手続きと手当が必要です。「合わなければやめる」が簡単にできないことが、最初の一歩を重くします。
法人がなくても、欧州で何ができるのか?
法人なしで使える形は、大きく五つあります。
| 形 | 固定費 | 立ち上げ | できること | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 日本本社からの直接取引 | ほぼゼロ | すぐ | 日本から出荷・請求し、契約も本社名で結ぶ | 買い手側に輸入手続きと輸入VATの負担が生じる。納期と送料で不利になることがある |
| 現地パートナーへの業務委託 | 月単位で調整可 | 1〜2か月 | 市場調査、アポイント取得、商談同席、展示会対応、顧客フォロー | 契約の締結権限は本社に残す。成果の定義を契約に書く |
| 代理店・ディストリビューター | 売上連動(マージン) | 3〜6か月 | 現地での販売、在庫、納品、一次サポート | 顧客情報が自社に残りにくい。契約終了時の補償の制度がある |
| EOR(雇用代行) | 給与+手数料 | 1か月 | 法人なしで現地の人を正社員として雇う | 雇用の法定負担(病欠・休暇・解雇)は御社が実質的に負う |
| 駐在員事務所・支店 | オフィス+人 | 2〜4か月 | 情報収集、連絡、(支店なら)営業活動 | 国によって法形式がなく、実態で判断される。営業すれば現地課税の対象になりうる |
多くの企業に向いているのは、最初の6か月を「直接取引+現地パートナー」で進め、受注が見えてから「代理店」か「EOR」を足す形です。駐在員事務所は、固定費がかかるわりに営業ができず、支店は本社が直接納税義務を負うため、中間的な選択肢として選ぶ理由は多くありません。
企業向けの製品やサービスであれば、この組み合わせで最初の顧客を作るところまで進めます。実際、私が関わっている案件の多くは、日本本社との直接契約で最初の受注が決まっています。買い手が気にしたのは、サポートの窓口が欧州時間で応答するかどうかで、売り手がどの国の法人かではありませんでした。
「売れるか」は、どうやって確かめるのか?
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
売れるかどうかは、一次情報でしか分かりません。一次情報とは、御社の製品を見た買い手が、その場で言った言葉です。「これはうちの工場の第3ラインで使えそうだ」「価格がいまの仕入先の1.5倍なら話にならない」「来年の予算で検討するから、9月にもう一度来てほしい」。この種の言葉を20社分集めれば、売れるかどうか、誰に売れるか、いくらなら売れるかが、かなりの確度で見えてきます。
具体的には、最初の6か月で次のことをします。
展示会に2回、来場者として行く。 出展ではなく来場です。競合のブースで価格と売り文句を聞き、来場者の名札を見て、どの業種の誰が来ているかを確かめます。事前に10社のアポイントを取って会場で会えば、出展の5分の1以下の費用で、出展と同じだけの商談ができます。詳しくは欧州の展示会を商談につなげるには?に書きました。
20社と商談する。 買い手候補、競合の顧客、業界団体、ディストリビューター候補を含めて20社です。目的は受注ではなく、「断られる理由」を集めることです。断られる理由が「価格」「規格」「サポート体制」「知名度」のどれに集中するかで、次に直すべきことが決まります。
見積もりを5件出す。 商談で興味を示した相手には、必ず見積もりを出します。見積もりへの返事(即答か、沈黙か、値下げ要求か)は、口頭の「興味がある」よりはるかに信頼できる一次情報です。
この作業は、日本にいながら出張ベースで進められます。現地パートナーがアポイントを取り、御社の担当者が出張で商談する。これを3〜4回繰り返すのが、最初の6か月の実務です。
二次情報は、なぜ役に立たないのか?
市場規模のレポート、業界記事、競合の決算書、調査会社の予測。これらは二次情報です。読んで損はありませんが、意思決定の根拠にはなりません。
理由は単純で、二次情報は「市場全体」のことしか教えてくれないからです。「欧州の産業用センサー市場は年率7%で成長」と分かっても、御社のセンサーをドイツの中堅メーカーの調達担当が、いまの仕入先の1.3倍の価格で買うかどうかは分かりません。最初の3社を取りにいく企業にとって、市場規模はほとんど意味を持たない数字です。
もう一つの理由は、鮮度と翻訳です。日本語で読める欧州市場の情報は、英語やドイツ語の原典から1〜2年遅れていることが多く、翻訳の過程で文脈が落ちています。「欧州ではこうらしい」という情報の多くは、誰かの二次情報の、さらに二次情報です。
二次情報は、商談の準備に使うものです。相手の会社の規模と事業内容を調べ、業界の言葉を覚え、展示会の出展社リストから訪問先を選ぶ。そこまでで十分で、結論は商談の場で取りにいきます。
法人設立に踏み切る判断基準は何か?
法人を作る時期は、次のどれかが起きたときです。
継続的な受注が2〜3社見えたとき。 単発の試し買いではなく、年間契約や定期発注の見込みが立った段階です。この売上が法人の固定費を正当化します。
顧客が現地法人との契約を求めたとき。 大企業の調達規程や、公共調達で起きます。この場合は顧客が決まっているので、法人は「投資」ではなく「受注の条件」です。
在庫を現地に置く必要が出たとき。 納期が競争条件になる製品では、現地在庫が必要です。在庫を持つと輸入者としてのVAT登録が必要になり、法人を作った方が手続きがまとまる場合があります。
人を雇う必要が出たとき。 1〜2人ならEORで十分ですが、3人を超えるあたりから、EORの手数料より法人の維持費の方が安くなります。
規制上、現地の責任者が必要なとき。 医療機器やCEマークの対象製品では、EU域内の責任者(輸入者や正規代理人)が求められます。ただしこれは外部の専門業者に委託でき、法人を作る理由としては弱いものです。
逆に言えば、これらが起きていないうちは、法人を作る理由がありません。「進出を決めたから法人を作る」のではなく、「顧客ができたから法人を作る」。この順番を守るだけで、欧州進出の初年度の失敗は、ほとんどが「学び」の範囲に収まります。
最初の12か月は、どう進めるのか?
まとめると、こうなります。
最初の3か月で、現地パートナーを決め、商談先のリストを作り、英語の資料と見積もりの雛形を整えます。4〜6か月目に、出張と展示会来場で20社と商談し、5件の見積もりを出します。ここで一次情報が揃うので、7か月目に「続けるか、直すか、やめるか」を判断します。続けるなら、8〜12か月目に代理店かEORを足して最初の受注を作り、継続的な受注が見えた時点で法人を検討します。
この進め方なら、初年度の費用は数百万円から1,000万円台に収まり、そのほとんどがいつでもやめられる費用です。費用の内訳は欧州進出の費用はいくらかかるか?にまとめています。
この記事に関するよくある質問
駐在員事務所は情報収集や連絡のための拠点で、原則として営業活動(契約の締結や受注)はできません。支店は日本本社の一部として現地で営業活動ができますが、本社が現地で直接納税義務を負い、本社の決算書の提出を求められる国もあります。欧州では駐在員事務所という法形式を持たない国も多く、オフィスを借りて人を置けば実質的に支店や恒久的施設として扱われることがあります。「とりあえず駐在員事務所」は、思ったほど安全な選択肢ではありません。
日本から出荷し、日本本社の名前で契約と請求を行う限り、通常は現地の法人税は発生しません。注意が必要なのは、現地にいる人が本社の代わりに契約を締結したり、受注の実質的な決定をしたりする場合で、恒久的施設(PE)と認定されて現地課税の対象になることがあります。現地パートナーや代理店を使うときは、契約の締結権限を本社に残しておくのが基本です。消費税(VAT)は法人税とは別の話で、販売の形によって登録が必要になります。
現地の雇用代行会社が法律上の雇用主となって人を雇い、御社はその人の業務を指示する仕組みです。御社に現地法人がなくても、現地の人を正社員として迎えられます。給与計算、社会保険、雇用契約、法定の休暇や病欠の管理をEORが行い、御社は給与と手数料を払います。1〜2人を雇う段階では、法人を作るより速く、安く、撤退も簡単です。
そのとおりで、代理店に任せきりにすると、誰が何を理由に買ったのかが御社に蓄積されません。対策は、契約で顧客リストと商談の報告を義務づけること、初期の商談には御社の担当者が同席すること、そして最初の顧客数社とは代理店を通しつつも直接の関係を持つことです。代理店は販売の手段であって、市場理解の代わりにはなりません。