欧州の統括拠点はオランダか、ドイツか、英国か? 三か国の比較と決め方
公開 2026年10月1日読了 約7分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)
欧州の統括拠点に一般解はありません。オランダは法人設立が速く、英語が通じ、物流と税務の制度が整っていて、欧州全域を見る拠点に向きます。ドイツは欧州最大の市場で、製造業の顧客が集中し、日系企業の集積も最大ですが、言語と行政の重さがあります。英国は設立が最も簡単で、雇用の自由度も高く、金融やテクノロジーの顧客に強い一方、EU単一市場の外にあり、物理的な製品の欧州拠点には向きません。決めるには三つの問いに答えます。最大の顧客はどの国にいるか。製品は物理的なものか、無形のものか。拠点の役割は営業か、物流か、統括か。そして、顧客ができる前に拠点の国を決める必要はありません。最初の顧客を作ってから、その顧客に近い場所に置く。それが、もっとも失敗の少ない決め方です。
「欧州の統括拠点は、オランダですか、ドイツですか、それとも英国ですか」。この質問を、初回相談で何度も受けます。
正直な答えは、「御社の業界と商材と戦略によります」です。これは逃げの答えではありません。三か国にはそれぞれはっきりした強みと弱みがあり、どこが正しいかは、御社が何を、誰に、どう売るかで決まります。製造業の部品メーカーと、企業向けのソフトウェア会社では、答えが逆になることもあります。
この記事では、三か国を比較し、決めるための三つの問いを示し、そして「まだ決めなくてよい場合」について書きます。
統括拠点の「役割」は何か?
比較の前に、一つ確かめておくことがあります。御社が置こうとしている拠点は、何をする拠点ですか。
営業の拠点。 顧客を訪問し、商談を進め、サポートする。顧客の近くにあるべきです。
物流の拠点。 在庫を置き、欧州各国に出荷する。港と空港、通関と税務の仕組みで決まります。
統括の拠点。 欧州各国の子会社や代理店を管理し、資金と契約をまとめる。税制、英語、移動の便で決まります。
技術の拠点。 開発やサポートの人材を集める。人材の市場と、ビザの制度で決まります。
多くの日本企業は、これらを一つの拠点にまとめようとします。それでうまくいくこともありますが、「営業はドイツ、物流と統括はオランダ」のように分ける方が合理的な場合も多い。役割を分けて考えると、三か国の比較が明確になります。
三か国は、何が違うのか?
| 項目 | オランダ | ドイツ | 英国 |
|---|---|---|---|
| 法人設立の速さ・費用 | 公証人経由で数日〜2週間。30万〜60万円 | 公証人と商業登記で1〜3か月。銀行口座が難関 | オンラインで1日。数万円 |
| 最低資本金 | 実質なし(0.01ユーロ) | 2万5千ユーロ(設立時に半額払込) | なし |
| 法人税(目安) | 19%(利益20万ユーロまで)、25.8% | 約30%(法人税+連帯税+営業税) | 25%(小規模利益は19%) |
| 英語の通用度 | ほぼ全員。行政も英語で進む | ビジネスでは通じるが、行政と契約はドイツ語 | 母語 |
| 市場の大きさ | 中規模。ただし欧州全域への入口 | 欧州最大。製造業の集積 | 欧州第2位。金融・テクノロジーに強い |
| EU単一市場 | 内 | 内 | 外(通関・原産地規則・別のVAT) |
| 物流 | ロッテルダム港・スキポール空港。輸入VATの繰り延べ制度 | 陸路で欧州各国へ。ハンブルク港 | 島国。EU向けは通関が必要 |
| 雇用規制 | 解雇に許可が必要。病欠は最長2年70% | 10人以下の事業所は解雇保護法の適用外 | 不当解雇の保護は勤続2年から(見直し中) |
| 外国人材のビザ | 高度人材制度が速い(認定スポンサー経由で数週間) | EUブルーカード、企業内転勤 | スポンサー免許が必要。費用が高い |
| 日系企業の集積 | アムステルダム周辺。日本人学校あり | デュッセルドルフに約600社。欧州最大の日本人コミュニティ | ロンドン。金融・商社が中心 |
| 日本からの直行便 | アムステルダム | フランクフルト、デュッセルドルフ、ミュンヘン | ロンドン |
税率や制度は変わるので、決める時点で専門家に確認してください。ここでは、三か国の性格の違いを見てもらうことが目的です。
オランダが向くのは、どんな企業か?
オランダの強みは、「速さ」と「欧州全域への入口」です。
法人は数日から2週間で作れ、資本金は実質不要です。英語が国民のほとんどに通じ、行政手続きも英語で進むので、日本の本社から管理しやすい。ロッテルダム港とスキポール空港を抱え、税務代理人を通じて輸入VATの支払いを申告時まで繰り延べられる制度があるため、欧州各国に出荷する物流拠点として長く選ばれてきました。持株会社の制度も整っており、欧州各国の子会社をまとめる統括拠点としての実績があります。
弱みは、オランダ自体の市場が大きくないことと、雇用規制の重さです。人口1,800万人の国なので、最大の顧客がドイツやフランスにいる企業にとって、オランダは「顧客の隣」であって「顧客のいる場所」ではありません。病欠の最長2年の給与支払い義務や、解雇に許可が必要な制度は、人を雇う段階で効いてきます。
向いているのは、欧州全域を一つの市場として見る企業、物流の拠点が必要な企業、複数国の活動を一か所でまとめたい企業、そして日本の本社が英語で管理したい企業です。
ドイツが向くのは、どんな企業か?
ドイツの強みは、「市場の大きさ」と「製造業の集積」です。
欧州最大の経済規模で、自動車、機械、化学、電機の顧客が集中しています。日本の製造業にとって、最大の顧客がドイツにいることは多く、その場合は顧客の隣に営業拠点を置くのが自然です。デュッセルドルフとその周辺には約600社の日系企業と欧州最大の日本人コミュニティがあり、日本語で対応できる会計事務所、法律事務所、不動産業者が揃っています。従業員10人以下の事業所に解雇保護法が適用されないことは、小さく始める日本企業には意外な利点です。
弱みは、設立の重さと、言語です。有限会社の設立には公証人、資本金2万5千ユーロ、商業登記が必要で、非居住者が株主の会社の銀行口座開設は数か月かかることが珍しくありません。行政、税務、契約の多くはドイツ語で、ビジネスの場で英語が通じることと、書類がドイツ語であることは別の話です。法人税も三か国で最も高い。
向いているのは、最大の顧客がドイツにいる企業、製造業の顧客に製品を売る企業、技術サポートを顧客の近くに置きたい企業です。
英国が向くのは、どんな企業か?
英国の強みは、「設立と雇用の簡単さ」と「英語圏の人材と顧客」です。
法人はオンラインで1日、数万円で作れます。雇用の自由度は三か国で最も高く、不当解雇の保護が勤続2年から(法改正で見直し中ですが)という制度は、採用の失敗を修正しやすくします。ロンドンには金融、テクノロジー、プロフェッショナルファームの顧客が集中し、英語圏の人材を集めやすい。日本との結びつきも歴史的に深く、日系企業の集積があります。
弱みは、EU単一市場の外にあることです。英国からEU各国に物理的な製品を出荷するには、通関、原産地規則、EU側のVATと規制対応が必要で、英国に在庫を置いてEUに売る形は、EU内に別の拠点を持つのとほぼ同じ手間がかかります。外国人材のビザも、スポンサー免許の取得と年ごとの費用が重い。
向いているのは、ソフトウェアやサービスを売る企業、金融やテクノロジーの顧客を持つ企業、英語圏の人材で欧州の体制を作りたい企業です。逆に、物理的な製品の欧州拠点としては、EU内の国を選ぶ方が合理的です。
結局、どう決めるのか?
三つの問いに答えてください。
最大の顧客は、どの国にいるか。 営業拠点は、顧客の隣です。欧州の顧客の半分がドイツなら、ドイツに営業拠点を置かない理由を探す方が難しい。
製品は、物理的なものか、無形のものか。 物理的な製品なら、EU単一市場の内側で、物流の仕組みが整った国です。ソフトウェアやサービスなら、顧客と人材で決めてよく、英国も候補に入ります。
拠点の役割は、営業か、物流か、統括か。 営業なら顧客の国。物流ならオランダかベルギーかドイツ北部。統括なら英語と税制と移動の便で、オランダか英国。役割が複数なら、分けることを考えます。
この三つに答えると、たいていの企業で候補は一つか二つに絞られます。そして、絞られた候補のどちらにするかは、業界の慣行、商材の規制、御社の中期的な戦略で決まります。製造業の部品で、顧客がドイツの自動車産業で、将来は現地生産も視野に入れるなら、ドイツです。企業向けのソフトウェアで、顧客が欧州各国に散らばり、少人数で欧州全域を見るなら、オランダです。金融向けのサービスで、顧客がロンドンに集中しているなら、英国です。
まだ決めなくてよい、という選択肢
最後に、いちばん大切なことを書きます。顧客ができる前に、拠点の国を決める必要はありません。
現地法人を作る前にできることは何か?に書いたとおり、最初の6〜12か月は法人なしで商談と受注まで進められます。その間に、御社の製品がどの国の誰に売れるかという一次情報が集まります。拠点の国は、その一次情報で決めればよい。最初の顧客ができてから、その顧客に近い場所に置く。それが、もっとも失敗の少ない決め方です。
「オランダか、ドイツか、英国か」に一般解はありません。あるのは、御社の業界と商材と戦略を踏まえた、御社にとっての答えです。私たちは、欧州全域を対象に、国の選定から法人の設立、現地での商談の実行までを、御社の一員として進めています。この判断を一緒に整理したい方は、初回相談でお話しください。
この記事に関するよくある質問
理由は四つあります。法人設立が速く、資本金が実質不要であること。英語が国民のほとんどに通じ、行政手続きも英語で進むこと。ロッテルダム港とスキポール空港を抱え、輸入VATの繰り延べ制度など物流と税務の仕組みが整っていること。そして、欧州各国への移動が容易で、欧州全域を見る拠点として機能することです。一方で、オランダ自体の市場は大きくないので、最大の顧客がドイツやフランスにいる企業は、顧客の国に営業拠点を置き、オランダは統括と物流に使う、という組み合わせになることが多いです。
かかります。有限会社(GmbH)の設立には公証人の手続き、資本金の払い込み、商業登記が必要で、全体で1〜3か月が目安です。もっとも時間がかかるのが銀行口座の開設で、非居住者が株主の会社は審査に数か月かかることが珍しくありません。口座がなければ資本金を払い込めず、登記も進みません。ドイツに拠点を置くなら、設立のスケジュールを半年単位で見ておき、口座開設に慣れた会計事務所を使ってください。
物理的な製品については、難しくなりました。英国はEUの単一市場と関税同盟の外にあり、英国からEU各国への出荷には通関、原産地規則、EU側のVATと規制対応が必要です。英国で在庫を持ってEUに売る形は、EU内に別の拠点を持つのとほぼ同じ手間がかかります。一方で、ソフトウェアやサービスは影響が小さく、英国の金融・テクノロジー産業の顧客に売る企業や、英語圏の人材を集めたい企業にとって、英国は引き続き有力な拠点です。
あります。アイルランドは英語圏でEU加盟国、法人税も低く、テクノロジー企業の欧州拠点として選ばれています。ベルギーは欧州の中心に位置し、EU機関があり、物流にも向きます。中東欧(ポーランド、チェコなど)は製造拠点として日系企業の進出が多く、人件費も西欧より低い。北欧は環境・社会面を重視する企業との相性がよい。統括拠点に限れば三か国が中心ですが、御社の顧客がどこにいるかで、答えは変わります。