欧州進出はどの国から始めるべきか? 目的別の選び方と、最初の12ヶ月

公開 2026年10月3日読了 約7分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)

要点

最初の国は、本社の希望や市場の大きさではなく、「最初の顧客ができる確率」で選びます。判断の軸は、需要があるか、英語で商談が進むか、拠点として使いやすいか、そこから横展開しやすいか、の4つ。製造業の部品・装置ならドイツ、企業向けのソフトウェアやサービスならオランダ・北欧・英国、金融ならロンドンとアムステルダム、物流ならオランダ・ベルギーが第一候補になることが多く、1国目で実績を作ってから2国目に広げる方が、同時に複数国を狙うより速く進みます。最初の12ヶ月は、国の絞り込みに3ヶ月、現地での接触に3ヶ月、パイロットと契約に6ヶ月が目安です。

「欧州に出たいと思っているが、どこから始めればいいのか分からない」。初回相談で、いちばん多い質問です。

欧州は一つの市場ではありません。EUの27か国に、英国、スイス、ノルウェーなどを加えた30ほどの国があり、人口は合わせて約5億人。関税や規格はEUの単一市場でそろっていても、言語、商習慣、意思決定の速さ、調達の仕組み、代理店の力関係は国ごとに違います。「欧州に進出する」という計画は、実際には「どこかの国で最初の顧客を作る」という計画に分解しないと動き出せません。

この記事では、最初の国をどう選ぶか、目的別にどの国が第一候補になりやすいか、そして最初の12ヶ月をどう進めるかを、現地で日本企業の欧州展開を担う立場からまとめます。

なぜ「最初の国」の選び方で1年が変わるのか?

1国目は学習の場です。提案資料をどう直せば伝わるか、価格はどう見せるか、契約書はどの型が通るか、誰が決裁者で、どこで止まるのか。こうしたことは1国目で初めて分かり、2国目以降はその型を持ち込むだけなので、ずっと速く進みます。

だから1国目で重要なのは「大きな市場かどうか」より「最初の顧客ができる確率が高いかどうか」です。市場が大きくても、言語の壁が厚く意思決定が遅い国から始めると、学習に1年以上かかり、その間に社内の熱が冷めてしまう。逆に、市場は小さくても英語で商談が進み決定が速い国で半年以内に最初の顧客を作れれば、その実績を持って大きな市場に入れます。

多くの日本企業は、本社がいちばん売りたい国、あるいは名前を知っている国から始めます。それが最初の顧客ができる確率の高い国と一致していれば問題ありませんが、一致していないことは珍しくありません。

日系企業は、いまどの国にいるのか?

出発点として、先行する日系企業の分布を見ておきます。ジェトロの「2024年度 海外進出日系企業実態調査(欧州編)」では、回答772社のうちドイツが271社(35.1%)と突出し、英国76社、オランダ61社、チェコ60社、フランス57社、ベルギー43社と続きます。製造業はドイツと中東欧に、統括機能や販売拠点はオランダ・英国・ベルギーに集まる、という構図です。

同じ調査で、2024年の営業利益を黒字と見込む企業は66.2%、今後1〜2年で事業を拡大すると答えた企業は46.2%。経営上の問題点の上位は、人材の確保(65.5%)、インフレ(55.0%)、労働コストの高さ(51.1%)でした。欧州は「出れば伸びる」市場ではなく、人の確保とコストを織り込んだ上で、どこで戦うかを決める市場だ、ということです。

国を選ぶ4つの軸は?

私たちは、次の4つで候補国を比べることを勧めています。

1. 需要があるか。 御社の製品を買う業種が、その国にどれだけあるか。製造業の装置なら製造業の集積、企業向けソフトウェアならデジタル化の進み具合、金融なら金融機関の数と規制環境。市場全体の大きさではなく、「御社の買い手」の数で見ます。

2. 入りやすいか。 英語で商談が進むか、意思決定が速いか、外国の新しい取引先に対して開かれているか。EFの英語能力指数(2025年)では、オランダが1位、オーストリア3位、ドイツ4位、ノルウェー5位、デンマーク7位、スウェーデン8位、ベルギー9位と、北西欧が上位を占めます。フランス、スペイン、イタリアは中位で、現地語での営業が前提になる場面が増えます。

3. 拠点として使いやすいか。 物流、税務、人材、日本との時差、日系企業や専門家の集積。将来そこに人を置く、あるいは欧州の統括機能を置くことになったとき、無理のない国か。

4. 横展開しやすいか。 1国目の実績や認証、契約の型を、隣の国にそのまま持ち込めるか。EU域内であればCEマークや個人情報保護の要件は共通ですが、英国やスイスはEU外なので、EUへ広げるときに別の手続きが要ることがあります。

4つのうち、最初の国を決めるのに最も効くのは2番目の「入りやすさ」です。1番目の需要は、最低限あれば足ります。

目的別に、最初の国はどこか?

業種と目的ごとに、第一候補になりやすい国と、その理由、注意点をまとめます。あくまで出発点で、御社の製品と買い手によって答えは変わります。

目的・業種 第一候補 理由 注意点
製造業の部品・装置・素材 ドイツ 欧州最大の製造業の集積。日系企業も最多で、受け入れ側に経験がある。業界の主要展示会が集中する 意思決定が遅く、既存サプライヤーの壁が厚い。ドイツ語の技術資料が求められる。代理店か展示会から入るのが現実的
企業向けソフトウェア・SaaS・IT オランダ・北欧・英国 英語で商談が進み、デジタル化が早く、決定が速い。小さく試して実績を作るのに向く 市場は大きくない。実績ができたらドイツ・フランスへ広げる前提で設計する
金融・フィンテック 英国(ロンドン)、オランダ、ルクセンブルク 金融機関と規制当局の集積。EU域内のライセンスの考え方が整っている 英国はEU外。EU市場も狙うなら、EU側の拠点とライセンスの設計を最初から分けて考える
物流・サプライチェーン オランダ・ベルギー ロッテルダム港、アントワープ港、スキポール空港。欧州の配送拠点の集積地で、物流企業の本社も多い 人件費と倉庫費が高い。中東欧(ポーランド、チェコ)を組み合わせる設計が増えている
ヘルスケア・医療機器 ドイツ・オランダ 大学病院と医療機器メーカーの集積。CEマーク(MDR)取得後の横展開の起点になる 認証と償還制度の理解が先。病院の調達は国ごとに仕組みが違う
エンターテインメント・コンテンツ 英国・フランス・ドイツ 市場規模と業界イベントの集積。日本のコンテンツへの受容が厚い 国ごとに流通とパートナーの構造が違う。どの国でも現地パートナーが鍵になる

表を見ると、オランダと北欧が「最初の国」として頻繁に出てきます。市場の大きさではなく、英語で速く動けること、外国企業に開かれていること、そこで作った実績がEU全域に通用することが理由です。ドイツは市場としては最大ですが、「最初の国」としては、代理店や展示会の入口を持っているかどうかで難易度が大きく変わります。

「欧州統括拠点」はどこに置くべきか?

最初の国の話とは別に、「将来、欧州の統括機能をどこに置くか」という相談もよく受けます。候補になるのは、オランダ、ドイツ、英国の3つです。

オランダは、英語が通じ、税制と行政が外国企業に慣れていて、物流の要衝で、日系企業の欧州本部も多い。ドイツは市場に近く、製造業の顧客との距離が短い。英国は金融と英語の強みがある一方、EU外なので、EU域内の販売やデータの扱いで別の手当てが要ります。

ただし、統括拠点は顧客ができてから考えれば十分です。最初の国を決める段階で拠点の話を始めると、法人設立やオフィスの話が先行して、肝心の顧客づくりが後回しになります。順番は、顧客、人、拠点です。

最初の12ヶ月はどう進めるか?

国の選定から最初の契約まで、標準的な進め方を12ヶ月で示します。

1〜3ヶ月目:国を絞る。 候補を2〜3か国に絞り、上の4つの軸で比べます。並行して、見込み客になりそうな企業の候補リストを作り、業界の主要展示会の日程を確認します。この段階で、現地のパートナーや専門家に候補国の感触を聞いておくと、机上の比較で見落とすことが減ります。

4〜6ヶ月目:現地で接触する。 絞った1か国で、候補企業に接触し、展示会や訪問で実際に会います。ここで初めて、提案資料のどこが伝わらないか、価格の見せ方、契約や支払いの慣行が分かります。「反応がない」こと自体が、国の選び方を見直す大事な情報です。

7〜12ヶ月目:パイロットと契約。 反応のあった企業と、小さなパイロットか、代理店・パートナー経由の最初の取引を組みます。この時点で、法人を作るか、代理店で続けるか、2国目をどこにするかを判断する材料がそろいます。

欧州の企業は、新しい取引先の決定に時間をかけます。12ヶ月で最初の契約まで行ければ順調で、半年で成果を求める計画は、国の選び方が正しくても失敗します。

よくある失敗は?

最後に、よく見る失敗を5つ挙げます。

本社の希望で国を選ぶこと。ドイツが最大だから、ロンドンに知人がいるから、という理由で始めると、1国目の学習に時間がかかりすぎます。

英国を「欧州」と同じだと考えること。英国はEU外で、EUへ広げるときに規格や個人情報の扱いで別の手続きが要ります。

1国目から法人を作ること。顧客ができる前の法人は、固定費と事務だけが先行します。

全欧州を同時に狙うこと。人と予算が分散し、どの国でも中途半端になります。

現地パートナーに丸投げすること。代理店は御社のためだけに動くわけではありません。社内に、欧州を担当して意思決定できる人が1人は必要です。

最初の国を正しく選び、そこで小さく確実に最初の顧客を作る。欧州展開の成否は、ほとんどこの最初の判断で決まります。

FAQ

この記事に関するよくある質問

  • はい。英語で商談が進み、金融・テクノロジー分野の意思決定が速い市場なので、最初の国として合理的な場合は多くあります。ただし英国で作った実績や認証、契約の型をEU各国にそのまま持ち込めるとは限りません。英国の次にEUへ広げる計画なら、CEマークや個人情報保護などEU側の要件を最初から視野に入れておく必要があります。

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