欧州企業との商談はどう進めるか? 国による違いと、価格・契約・支払いの実務
公開 2026年6月1日読了 約7分著者 貴志 優紀(YKBridge 代表)
欧州企業との商談でいちばん多い失敗は、欧州を一つの市場として扱うことです。オランダ人は初回から率直で、興味がなければその場で言い、あれば次の予定をすぐ決めます。英国人は丁寧で肯定的に聞こえる言葉で様子を見ながら、数回の接触で徐々に距離を詰めます。ドイツ人は仕様書と実績を重視し、資料の完成度で信頼を測ります。共通する原則は三つです。商談の場で決められる人を連れていくか、決定の時期を明言すること。価格は交渉される前提で、値引きではなく条件(数量・期間・サポート)で動かすこと。契約は御社の雛形から出し、支払い条件は30日を基準に、国ごとの支払い慣行を事前に確認することです。欧州の商談は、1回で決まりません。毎回の商談の最後に次の一歩を決めて帰ることが、関係を前に進める唯一の方法です。
「欧州の企業は、意思決定が遅い」。日本企業からよく聞く言葉です。
半分は本当で、半分は誤解です。欧州の企業は、新しい取引先を決めるのに時間をかけます。一方で、日本企業の側が「持ち帰って検討します」を繰り返して、相手の時間を使っていることも多い。そして何より、欧州をひとくくりにして「欧州の企業は」と言っていること自体が、商談を遅らせています。
この記事では、国による違いと、意思決定・価格・契約・支払い条件についての共通の実務をまとめます。
欧州を一つにまとめると、なぜ間違うのか?
欧州は27のEU加盟国と英国、スイス、ノルウェーなどからなる地域で、言語も商習慣も国ごとに違います。同じ提案を同じ進め方で持っていくと、ある国では速く進み、別の国では止まります。
私が現地で日常的に見ている範囲で、主な国の違いをまとめるとこうなります。
| 国 | 初回商談の雰囲気 | 意思決定 | 資料の重さ | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| オランダ | 率直で速い。興味がなければその場で言う | 担当者の裁量が大きく、合意形成も速い | 要点だけでよい。長い資料は読まれない | 率直さを無礼と受け取らない。「No」は本当にNo、「Yes」も本当にYes |
| ドイツ | 礼儀正しく、慎重 | 仕様と実績を部門で検証してから決める | 仕様書・認証・導入実績が揃っていることが前提 | 資料の不備は信頼の不備と見られる。約束した納期は必ず守る |
| 英国 | 丁寧で肯定的に聞こえる | 関係ができてから。数回の接触で徐々に距離が縮まる | 簡潔で、相手の課題に沿っていること | 「interesting」「I'll bear it in mind」は多くの場合、断りの言葉 |
| フランス | 格式を重んじる。初回は顔合わせ | 上位者の判断。担当者に権限が少ない | 論理の筋道と、御社の格を示すもの | 決裁者に直接会う機会を早めに作る。フランス語の資料があると進む |
| 北欧 | 平等で実務的 | 関係者の合意を重視し、合意後は速い | 環境・社会面の配慮が評価される | 肩書きより中身。売り込みより対話 |
とくに違いが大きいのは、オランダと英国です。
オランダの企業は、初回の商談から率直です。御社の製品に興味がなければ「うちには合わない」とその場で言い、興味があれば「来週、技術の責任者を入れてもう一度」とすぐ次の予定を決めます。日本の感覚だと無礼に感じるほど直接的ですが、裏がありません。この率直さに戸惑って、相手の「No」を「もう少し説明すればYesになる」と読み違えないことが大切です。
英国の企業は、その逆です。初回の商談は丁寧で、肯定的に聞こえる言葉が多い。「very interesting」「let me think about it」と言われて、日本企業は手応えを感じて帰ります。ところが、これらは多くの場合、断りの言葉です。英国人は、まず様子を見ます。相手が信頼に値するかを数回の接触で確かめ、徐々に距離を縮めてから本題に入ります。初回で決まることはまずなく、2回目、3回目で相手の話が具体的になってきたら、それが本当の手応えです。
同じ「欧州」でも、オランダで通用した速さを英国に持ち込むと押しつけがましく、英国で通用した慎重さをオランダに持ち込むと「この会社は本気ではない」と見られます。
意思決定は、どのように行われるのか?
欧州の企業では、日本と比べて担当者の裁量が大きい一方で、新しい取引先の採用には関係部門の確認を経ることが普通です。調達、技術、法務、場合によってはサステナビリティ担当が関わります。
日本企業が気をつけるべきことは、二つです。
一つは、商談の場に決められる人を連れていく ことです。欧州の相手は、商談の場で決める権限がある人同士で話したいと考えます。「持ち帰って検討します」を毎回繰り返すと、「この人には権限がない」「本気ではない」と受け取られ、相手も担当者レベルに格下げしてきます。決裁者を連れていけないなら、「来週金曜までに価格と納期を回答する」と期限を切り、必ず守ります。
もう一つは、相手の意思決定の構造を初回で聞く ことです。「この件を決めるのは誰で、どの部門の確認が必要で、いつまでに決めたいか」。欧州の相手は、この質問に率直に答えます。聞かずに進めると、担当者が乗り気でも調達部門で止まる、ということが起きます。
価格は、どう交渉されるのか?
欧州の企業間取引では、提示価格から交渉が始まるのが普通です。5〜15%の交渉は織り込んでおきます。
価格の出し方で、日本企業が失敗しやすい点が三つあります。
ユーロ建てで出す。 円建ての見積もりは、相手に為替リスクを押しつける形になり、それだけで候補から外れることがあります。ユーロ建て(英国ならポンド建て)で出し、為替の変動は御社側で管理します。
納品条件(インコタームズ)を明確にする。 「工場渡し」なのか、「相手の倉庫まで関税込みで届ける」のかで、相手の実質的な費用は大きく変わります。欧州の買い手は、関税と輸入VATを自分で処理したくないので、関税込み持ち込み渡し(DDP)を好みます。ただしDDPで出すと、御社がEU内でVAT登録をする必要が出てくるので、最初は仕向地持ち込み渡し(DAP)で出し、相手と調整するのが現実的です。
値引きではなく条件で動く。 値引きを求められたら、無条件で下げるのではなく、数量、契約期間、サポートの範囲、支払い条件と引き換えにします。「初回は試験導入価格、2回目以降は定価」という形も、欧州ではよく使われます。
契約書は、誰の雛形で進めるのか?
御社の雛形から出すのが基本です。相手の雛形は、相手に有利に書かれています。とくに大企業の購買約款には、無制限の損害賠償責任、一方的な解約権、知的財産の譲渡など、受け入れてはいけない条項が入っていることがあります。
必ず確認する項目は、責任の上限(契約金額の100%など)、知的財産の帰属、守秘義務、準拠法と紛争解決、そして個人データを扱う場合のGDPR対応(データ処理契約)です。ドイツの企業と取引する場合は、相手の約款に「所有権留保」(代金完済まで製品の所有権が売り手に残る)が入っていることが多く、御社が売り手なら、この条項を御社の約款にも入れておくと未払いのときの回収に役立ちます。
契約書は英語で問題ありません。ただし、フランス、イタリア、スペインの中堅企業では、英語の契約書のレビューに時間がかかることがあります。
支払い条件は、どう決めるのか?
支払い期限は、請求書の日付から30日を基準にします。EUの規則では、企業間の支払い期限は原則30日、合意しても60日が上限とされ、遅延には法定利息(政策金利+8%)が付きます。
ただし、慣行は国によって違います。オランダ、ドイツ、北欧では30日が普通で、遅延も少ない。フランス、イタリア、スペインでは60日、ときに90日の条件が根強く残っています。
初めての相手との取引では、次の三つを行います。
信用調査をする。 欧州では企業の決算書が公開されていることが多く、オランダの商業会議所(KVK)、ドイツの連邦官報、英国の企業登記所(Companies House)で、相手の財務状況を安価または無料で確認できます。
初回は前払いか部分前払いにする。 「初回取引は50%前払い、残りは納品後30日」は、欧州でも普通に受け入れられる条件です。
支払い遅延の条項を契約に入れる。 法定利息と督促費用の請求権を明記しておきます。
商談を前に進めるには、何をするのか?
国による違いを踏まえたうえで、共通する原則は一つです。毎回の商談の最後に、次の一歩を決めて帰る。
「次は技術責任者を入れて、来月の第2週にオンラインで」「御社から仕様書を来週送り、こちらは再来週までに適合性を回答」。次の一歩と日付が決まっていれば、商談は止まりません。決まっていなければ、どれだけ雰囲気がよくても、その商談は止まります。
そして、返事は24時間以内に。欧州の企業は、問い合わせへの応答速度で相手の本気度を測ります。時差で日本の営業時間と欧州の営業時間が重なるのは1日2時間ほどしかなく、日本からの返事が毎回翌々日になると、それだけで候補から外れます。欧州時間で応答できる体制(現地のパートナーか担当者)を持つことが、商談の速度を決めます。
欧州の商談は、1回では決まりません。でも、止まる理由の多くは、相手ではなく自分の側にあります。決められる人が出て、期限を守り、次の一歩を決めて帰る。この三つを守るだけで、「欧州は遅い」という印象は、かなりの部分が消えます。
この記事に関するよくある質問
それ自体は問題ありませんが、いつまでに何を決めて返事をするかを、その場で言う必要があります。「持ち帰る」だけで終えると、欧州の相手には「この人には決める権限がない」「本気ではない」と受け取られます。理想は、決められる人が商談に出ることです。難しければ、「来週の金曜までに価格と納期を回答します」と期限を切ってください。期限を守れば、権限がなくても信頼は保てます。
極端な上乗せはやめた方がよいですが、交渉の余地は持っておきます。欧州の企業間取引では、提示価格から5〜15%の交渉は普通に起こります。大切なのは、値引きの代わりに条件で動くことです。数量が増えれば単価を下げる、年間契約なら割引する、初回は試験導入価格にする。無条件の値引きは「最初の価格が水増しだった」と受け取られ、以後の商談で常に値引きを求められます。
国によります。オランダ、ドイツ、北欧の企業は30日以内の支払いが一般的で、遅延も少ない方です。フランス、イタリア、スペインでは60日、場合によっては90日の支払い条件が慣行として残っています。EUの規則では企業間の支払い期限は原則30日、合意しても60日までとされていますが、慣行は根強いので、契約前に相手の支払い条件を確認し、初回の取引は前払いか信用状にする選択肢も持っておいてください。
止まります。7月中旬から8月末まで、欧州の多くの企業で決裁者が2〜4週間の休暇を取ります。フランスとイタリアは8月がほぼ丸ごと止まり、オランダとドイツは7〜8月に分散します。12月の中旬から1月の第1週も同様です。欧州の商談で「9月に再開」と言われたら、先延ばしではなく本当にその時期になります。この期間を見込んで、商談の山場を5〜6月か9〜11月に置くのが実務です。